小中学校の九年、夫婦生活の四十五年

「ある」がある。それは生成・変化(へんか・せいせい)した結果であればなんでもよい。しかしそれはそのままでは「ある」を意識している者の生を脅かす(通常とは「ある」を意識していない時のことです)。その「ある」に「自分の物差し」を過不足なく添えて、その接面の感触は何であるか問い、何であると答えを出す。その際、「ある」を「何である」とした「自分の物差し」があった。「自分の物差し」は単体で存在していない。「自分の物差し」を「自分の物差し」にさせている「何かしら」がある。「ある」を「何である」としたその「何である」に「何かしら」を過不足なく添えてその接面が何であるかを問い「何であるはこういうことである」というところまで答えを出す。

「ある」-「自分の物差し」-「(あると自分の物差しの接面)」-「何である」-「何かしら」-「(何であると何かしらの接面)」-「何であるはこういうことである」という連鎖になる。この連鎖における「自分の物差し」と「何かしら」には、例えば「ある」を「何である」と認識するための観点(←「自分の物差し」に相当)、そうして何であると認識した「ある」を生の中の何に生かすための工夫(←「何かしら」)に相当、というように二つの何かが別々にしかし同時にありえる。

これは難しいことではなく具体的には例えば宮崎駿風立ちぬ』で二郎が昼食中、喉に魚の小骨が引っかかるが、引っかかった小骨を取り出し、それを設計中の飛行機の構造のヒントに結び付けるというシーンがありますが、そのような過程を通過して「ある」がありえてしまうことによって訪れる生の危機から再生へと向かう生の試みです。

しかしこの連鎖の後半はとかくしがたいです。なぜか。「ある」が生に危機的な状況をもたらすからです。だからか、ありえてしまう「ある」を「自分の物差し」から何とかするだけでホッとしてしまい終わるのです。ホッとした後があるのですが、それはたとえ通常は好ましいことであっても、そのホッとさに居着いてしまうようにして、なされません。魚を食べていて喉に小骨が引っかかってしまい取り出すことはたまにあることだとしても、取り出した小骨を二郎のように生に生かそうとすることまではなされないのです。しかし二郎のように生かせば、喉に刺さりとりだしただけの小骨が迷惑物という以外の意味合いも生において持ち始めます。

 

「ある」はありえてしまいます。他者からの自分の生を脅かされるようにしてありえてしまいます。例えば小中学校のように多様に様々な児童生徒がいるクラスでは「ある」がありえることが多いでしょう。青春時代のクラスはムンムンしていましたよね。対して高校から会社というように多様に様々というよりもある同一さのもとに人が集っている組織では「ある」はありにくいと想像できます。高校や会社は児童生徒時代のクラスのムンムンさに比べれば爽やかですよね。そのように小中学校では「ある」が多いとしても、小中学校では様々な科目で「あるについて自分のみならず他者にもわかるように表現することができるようになろう」と日々、児童生徒は勉強しています。だから「ある」が高校や会社に比べてありえてしまうとしても「ある」へと適切に挑める者は適切に挑めます。

挑めない者はとかく危機を回避するだけです。それだけでは当然ですが、まだ生には戻っていません。危機のため死んでしまうということはないにしても、いつものようには生きられていない。しかし「ある」がありえてしまう度に適切に扱うことができれば、「ある」への認識は深まり、その生はどんどんと豊かになっていきます。二郎の例で続ければ、飛行機開発に成功した晩年の次郎が当時を振り返り「喉に刺さった小骨の形をヒントに飛行機開発したんですよ」などという思い出話のひとつもできるかもしれないです。対して「三十年前、のどに刺さった小骨を取り出したんです」では、当たり前すぎてか、思い出にも残らないでしょう。

 

小中学校の九年の思い出の方が、その後四十五年近い夫婦生活の思い出よりも濃密な理由はここにあると自分は思います。とすれば四十五年近い夫婦生活も十分に濃密な思い出を残すことができるかもしれないです。それにはまずは相手方にピタリと添ってみることですね。

(メモ)

以下、今朝の朝日新聞、折々の言葉(鷲田清一)から。。

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かなふはよし、かないたがるはあしゝ

 (千利休

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 客と亭主は茶会にどのような心持ちで臨めばよいかと問われ、利休はこう答えたという。茶の湯の心に通じた者同士ならよいが、未熟な人たちが向きあう場合、互いに心をうかがい迎合しようとするので、ともに道を間違うと。相手の心に叶(かな)おうとするのは諂(へつら)いにほかならず、この「無理」が趣向をつくりものにする。茶道研究家・筒井紘一の『利休聞き書き「南方録 覚書」』から。

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以下、名越先生のツイッターから。

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名越康文‏ @nakoshiyasufumi
皆、自分との戦い方が解らない。だからもっともらしい名分を作って、外側の世界で何かにぶち当たって平衡を保つ。内側の集注の楽しみを知らない。

 

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「ともに道を間違わない」でおこうとしたら「内側の集中の楽しみ」を知ろうした方がいいのかもしれない。退職後、妻が強くみえる理由は夫よりも先この「内側の集中の楽しみ」を身に着けているからだろうか。「内側の集中の楽しみ」を知ることを支える環境が「自己啓発的営み」ではなく「トラウマの治療法」的な環境といえるか。

(私は「日々、自分を探して宇宙の果てまで行くような営みを行っている者たちの組織」には入りたくない)

 

自己啓発的営みと外傷性記憶の治療との違いはなぜ発生するのか

「講師が非日常的な研修空間を用意し、そこに受講者を招き、講師が指導ではなく聞く態度をとることで、ある受講者に普段は意識していないその受講者の弱さを語って頂き、それについて時に講師も含めた受講者全員でその弱さを無くすことを目指した助言を与えることで弱さを無くし、その弱さを語った受講者の生き様を一変しようとする営み」は、学校の研究授業、企業の新人あるいは管理職研修、ある種の宗教の場などで行われています。このいうなれば「自己啓発的営み」は、例えばトラウマの治療の方法と紙一重です。次の言葉は精神科医中井久夫さんのトラウマ(外傷性記憶)の治療方針です。

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私は外傷患者とわかった際には、①症状は精神病や神経症の症状が消えるようには消えないこと、②外傷以前に戻るということが外傷神経症の治癒ではないこと、それは過去の歴史を消せないのと同じことであり、かりに記憶を機械的に消去する方法が生じればファシズムなどに悪用される可能性があること、③しかし、症状の感覚が間遠になり、その衝撃力が減り、内容が恐ろしいものから退屈、矮小、滑稽なものになってきて、事件の人生における比重が減って、不愉快なエピソードになってゆくなら、それは成功である。これが外傷神経症の治り方である。④今後の人生をいかに生きるかが、回復のために重要である。⑤薬物は多少の助けにはなるかもしれない。以上が、外傷としての初診の際につげることである。(中井久夫「外傷性記憶とその治療―一つの方針」)

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自己啓発的営みは中井さんのいう外傷性記憶の治療方針の②の「記憶を機械的に消去する方法」を採用しています。自己啓発的営みは弱さを無くそうとしますよね。しかし自己啓発的営みが「ファシズム」だとまでは言い難いという思いがそうした営みに参加する多くのものの感想ではないでしょうか。が、「ちょっと痛みを我慢すれば後は天国だよ」という時のその「ちょっとの痛み」を事ある毎に受けている気が私はします。以前、「プチ~」が流行ったことがありましたが-「プチナショナリズム」など-、それに倣えば「プチファシズム」に加担しているように見えます。

ちなみに、この「ちょっと痛みを我慢すれば後は天国だよ」という言葉-例えば子どもが注射を受ける際のお医者さんの言葉―は聞こえは優しいですが、結構、怖いですよね。口の中に銃を斜め上に突っ込まれて「ちょっと痛みを我慢すれば後は天国だよ」といわれるようなものですから。

自己啓発的営みと外傷性記憶の治療は似ていますが、その一番の違いは(営みの語彙でいえば)「弱さ」を無くす-冒頭で挙げた営みが目指していること-か、同じく弱さに着目しつつもその弱さを無くすのではなく弱さはそのままでしかしその弱さを語った受講者の生き様を変えようとする-外傷性記憶の治療が目指していること-かどうかといえるでしょうか。

鷲田清一さんはその著『〈ひと〉の現象学』の冒頭で次の様に記述しています。

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ヘーゲルのいう「意識がなす経験」の「道」については、わたしとしては、未決のものを否応もなく遺しながら、そしていくつかの局面でリヴァーシブルな反転をくり返しつつ、ひたすら認識の初期設定を、あるいは生のフォーマットを換えていくプロセスとしてとらえなおしたい。(鷲田清一『〈ひと〉の現象学』)

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ここに「未決のものを否応もなく遺しながら」とありますが、自己啓発的営みではそれをもじれば「未決のものを否応なく取り除きながら」とでも言い換えることができそうです。外傷性記憶の治療ではその方針において「症状は精神病や神経症の症状が消えるようには消えない」と述べていますから「未決のものを否応もなく遺しながら」と同じ態度といえば態度です。

 

自己啓発的営みと外傷性記憶の治療は同じところを目指しているように私には見えるのですが、なぜ「未決のものを否応なく取り除きながら」と「未決のものを否応もなく遺しながら」という違いが発生するのでしょう。例えば「地球は取り除けるよね。でも宇宙は取り除けないよね」というような違い、つまり「取り除き」の徹底さが不十分だと「自己啓発的営み」にとどまり、十分に徹底するとある諦念に導かれるように「外傷性記憶の治療」へと移行するのでしょうか。

 

自殺者を出した自己啓発的営みの講師は、まだまだ死なれ足りないか、それとも翻る旗のもと「外傷性記憶の治療」を受けているのか。

 

 

教育とオープンダイアローグについて

当事者研究全国交流集会 /べてるまつり ー「オープンダイアローグ」リーッカさん、ヘレナさんを交えて

7月28日(金)、当事者研究全国交流集会が浦河町総合文化会館で行われ、フィンランドから心理士のリーッカさんと経験専門家のヘレナさんを交えて、オープンダイアローグについての講演会とシンポジウムが行われました。

リーッカさん(写真左)は、外来で未成年を対象とした心理士をしており、ヘレナさん(写真右)はうつ病の当事者としてオーブンダイアローグを通じて治療を受け、現在は経験専門家として活動しています。

写真中央は今回通訳をしてくれたムーミン研究家でもある森下さんです。

今回は、講演の内容のダイジェストを簡単にお送りします。

 

フィンランドから北海道に1日半かけて来ましたが、まるで自分の家に帰ってきたかのようです。

フィンランドは日本よりも人口密度が低い。だから可能なこともある。
西ラップランドは6つの医療地区で構成されている。人口62000人

ケロプダス病院、成人向けクリニック、未成年向けクリニック、児童向けクリニックがあり、100人の医療スタッフがいる。

年間19000回の外来の訪問がある。
平均一人あたり1回1時間くらい、年間9日くらい(全国平均34日)。
西ラップランドが医療利用日数が短い理由は、オープンダイアローグを行っているからです。

オープンダイアローグで大事なことは以下のようなことです。

・すぐに助けを得られるようにする。24時間以内。

・家族や親しい人たちの協力を得る。

・必要に応じて。need adapted.

・当事者のいないところで当事者に関する話を進めない。

・クライアント自身が自分自身の専門家であれ。
Basic assumption to begin with is that the client is the expert when it comes to his/her life.

 

オープンダイアローグの視点で大事なこと。

問題は人との関係性のなかになにかあるのではないか。
関係性には、問題以外にもいい時間、いい瞬間もある。

経験専門家−どういうことが起きているか、いろいろなことがもっと素直にでてくる、治療の計画をクライアントと一緒に立てていく。素直さには、勇気がいる。

問題は力を持っている、可能性も持っている。

必ずチームでアプローチする。
私たちに必要なのは、ひとつの真実ではなく、多様な視点や考え方です。
経験の浅い人=未熟な人ではなく、オープンダイアローグでは、新鮮な視点を持った人として尊重される。

 

今回のテーマは「経験専門家として生きる」でしたが、ヘレナさんは「病気の前の自分に戻りたいとは思わない。あの時の自分はとてもつらかった。病気を通じて私はとても強くなった」と語っていました。

フィンランドでは国民共通の意識として、「みんなを仲間として大切にする」というものがあるそうです。リーッカさんによると、ケロプダスでは患者さんのみを治療して良くするというだけではなく、スタッフを含めて安心して居やすい環境をつくっているということも大切にされているそうです。

 

統合失調症患者は(創造的である反面、極言すれば病的でもある)モノローグに陥りやすく、そこから開放することを目標とする」(ウィキ「オープンダイアローグ」)。独話に陥りやすいのは患者だけじゃないですよね。日々みんな独話。出た頭一つが「自覚せよ」「表現技法を身につけよ」と言っている?

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数年前、教育現場で「子どもの暴言」-例えば級友に対して「死ね」という―が、解決すべき問題になった。例えば教育委員会は小学校向けには「ふわふわ言葉」と「ちくちく言葉」というように言葉を分類して「ちくちく言葉ではなくてふわふわ言葉を使おうね」という方針を掲げ、教育学の教授はその学生に「あると感じていることについて自分だけでなく他者にもわかるように表現しよう」という方針を掲げていた。

 

その方針自体がある者にとっては「ちくちく言葉」であり「他者にもわかるように表現していない」といえることもあるかもしれないが、その問題は一旦おく。

 

さて教育委員会や教育学の教授の方針的には、統合失調症の患者の表現や前衛芸術家の作品は、ある意味、「子どもの暴言」と同列な存在といえる。しかし言葉の定義的には統合失調症の患者や前衛芸術家は、その表現をふわふわ言葉的、他者にもわかるように的にすることが決してできないから、統合失調症の患者や前衛芸術家といえる。

 

そうした者らのうち、相手の意向を理解し相手の意向にそうことができる者は、相手から「ちくちく言葉ではなくてふわふわ言葉を使おうね」、「あると感じていることについて自分だけでなく他者にもわかるように表現しよう」と「指導」されれば、そうできるかもしれない。その時、統合失調症の患者は統合失調症の患者でなくなり、前衛芸術家は前衛芸術家ではなくなるといえる。が、ここには一回や二回できただけでは見かけが整っただけで本当にかわたとはいえない、再度「ちくちく言葉」的表現、「他者にはわからない」的表現をするかもしれない、というしばし「茶髪指導」にみられる問題がありえている。

こうした問題に対しては教員として覚悟を決めて根気よく関わっていくしかないだろうか。その先に「ふわふわ言葉」的な表現、「他者にもわかる」表現が待ち受けているといえる。が、その表現は当然だが既知の表現である。その表現は教員の方針-「子どもの暴言」の問題を何とかしよう―をかえるきっかけにはならない。

 

教員の方針をかえるきっかけになりえる表現は、意外といえば意外、当然といえば当然だが、「ちくちく言葉」的表現、「他者にはわからない」的表現である。そうした表現に触れた教員が、そうした表現について「ふわふわ言葉」的な応答、「他者にもわかる」的な応答をする。その時、教員の方針は変化しているといえる。にもかかわらず「ふわふわ言葉」的な、「他者にもわかる」的な表現の大切にするという方針は損なわれていない。

 

話を戻せばこうして、教育委員会の「ちくちく言葉ではなくてふわふわ言葉を使おうね」という方針、教育学の教授の「あると感じていることについて自分だけでなく他者にもわかるように表現しよう」という方針自体が、ある者にとっては「ちくちく言葉」であり「他者にもわかるように表現していない」ではないかという問題は解決しうる。

 

 

ここでは教員的存在は、統合失調症の患者の表現、前衛芸術家の作品、「子どもの暴言」を前に、ちくちく言葉ではなくてふわふわ言葉的な表現を心がけようという方針、あると感じていることについて自分だけでなく他者にもわかる表現をしようとういう方針のもと、あの手この手で根気づよく関わっていくのみならず、別方でそうした指導を退け、統合失調症の患者の表現、前衛芸術家の作品、「子どもの暴言」を読むような態度でそれらに挑み、ちくちく言葉ではなくてふわふわ言葉的な応答、あると感じていることについて自分だけでなく他者にもわかる表現の仕方で応答するという二つの関わりがありえている。

これは整合性を求めるのであれば同時には成立しない。同時には成立しないができないわけではない(整合性がないという整合性はありえる)。

 

「それでもどちらかに」というのであれば、問われることは「自分が何としてでも死守しようとしているその既知の表現は、とかくあらゆる既知の表現がパラパラと裏返り、表返りしていくなか、そのままで何億年も維持できるか」ということです。しかし例えば何十億年も劣化しないという物質を持ち出してもダメですね。容易にひっくり返されますよ。だが、その物質がいけないというわけではないです。容易につぶれる砂粒一つでも何百億年もそのまま維持できるということもあります。ともあれ、維持できるというのであれば、教員的存在は、統合失調症の患者の表現、前衛芸術家の作品、「子どもの暴言」を前に、ちくちく言葉ではなくてふわふわ言葉的な表現を心がけようという方針、あると感じていることについて自分だけでなく他者にもわかる表現をしようとういう方針のもと、あの手この手で根気づよく関わっていってしまうでしょう。

 

なければ「そのまま何億年も維持できる既知の表現」に触れるまでは、教員的存在は、統合失調症の患者の表現、前衛芸術家の作品、「子どもの暴言」を前に、それを読むような態度で挑み、ちくちく言葉ではなくてふわふわ言葉的な表現で応答する、あると感じていることについて自分だけでなく他者にもわかる表現で応答するという関わりをしていくしかないでしょうね。この関わりでも、もうひとつの関りと同じ結果にはいたるかもしれない。

 

どちらの関わり方からしてもオープンダイアローグのひとつの胆は「次はいつ」というように次の対話日を決めてコツコツしばらく対話を繰り返すことにあると私は思います。

「手のこんだ暴力戦術」について

以下、「ルワンダ虐殺」についてのウィキからの抜粋です。

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ルワンダ虐殺では莫大な数の犠牲者の存在とともに、虐殺や拷問の残虐さでも特筆すべきものがあったことが知られている。(略)。時には犠牲者は自身の配偶者や子供を殺すことを強いられ、子供は親の目の前で殺害され、血縁関係者同士の近親相姦を強要され、他の犠牲者の血肉を食らうことを強制された。(略)。ナタでずたずたに切られて殺されるので金を渡して銃で一思いに殺すように頼んだ、(略)、母親は助かりたかったら代わりに自分の子どもを殺すよう命じられた。妊娠後期の妻が夫の眼前で腹を割かれ,夫は「ほら、こいつを食え」と胎児を顔に押し付けられた。」

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この抜粋での「犠牲者は自身の配偶者や子供を殺すことを強いられ、子供は親の目の前で殺害され、血縁関係者同士の近親相姦を強要され、他の犠牲者の血肉を食らうことを強制された」、「ナタでずたずたに切られて殺されるので金を渡して銃で一思いに殺すように頼んだ」、「母親は助かりたかったら代わりに自分の子どもを殺すよう命じられた」、「妊娠後期の妻が夫の眼前で腹を割かれ、夫は「ほら、こいつを食え」と胎児を顔に押し付けられた」という殺し方には共通性が伺えます。〈殺す者はその圧倒的な力で、これから殺す予定の存在が幸せにならば幸せに生きているそのシステムを逆手にとった仕打ちをすることで「自分」を見失わせ、右に左にふって、最後は結局、殺す〉という仕方です。

こうした殺し方は、昔から今まで手法として確立しているようです。例えばグリム童話の暴力について論じたカールハインツマレはその著『首をはねろ!』のなかで「ネコ」というメルヘンについ「ネコは、自分のパートナーを文句一つ言えないような骨抜きに仕立て上げ、堕落させ、とうとうパートナーから生きる意志まで取り上げる」とか、「老婆」というメルヘンについて「そうすることによって彼女は、ほとんど抵抗しがたい挑発的な状況をつくり、彼女の犠牲者に一定の行為を強要する。それは犠牲者の善意を利用する心理的暴力である」などと「手のこんだ暴力戦術」という項で、その種のメルヘンの特徴をまとめていますが、そのようにです。最近では例えば映画『グロテスク』にもその手法が生かされているようです。要約は以下です(ウィキから抜粋。一部変更)

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会社員の和男とアキは初デート中に突如何者かに襲われた。気がつくとどこかの地下室に監禁されていた。二人の前に謎の男が現れた。「ふたりの愛に感動できれば解放する」と言われ様々な拷問がなされた。 途中、誘拐犯から一旦治療を受け、解放すると言われたが、それは嘘だった。また拷問され最後は殺された。誘拐犯により立てられた簡単な二人の墓の隣にはたくさんの墓があり、他にも被害者がいることが暗に示された。そして誘拐犯がまた別の被害者を狙うであろう予感を残して終わる。

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この映画にもルワンダの虐殺の仕方やある種のメルヘンの暴力の仕方が伺えます。こうした殺し方からすると、同じ虐殺でも例えば「尼港事件」での虐殺が、それほど残忍に見えなくなる気が私はします。例えばこうです。

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「3月13日の夜の間に、12日の午前中に監禁された日本人の女性と子供が、アムール河岸に連れて行かれ、残酷に殺された。彼らの死体は、雪の穴の中に投げ込まれた。3歳までの特に幼い子供は、生きたまま穴に投げ込まれた。野獣化したパルチザンでさえ、子供を殺すためだけには、手を上げられなかった。まだ生きたまま、母親の死体の側で、雪で覆われた。死にきれていない婦人のうめき声や小さなか弱い体を雪で覆われた子供の悲鳴や泣き叫ぶ声が、地表を這い続けた。そして、突き出された小さな手や足が、人間の凶暴性と残酷性を示す気味悪い光景を与えていた」『ニコラエフスクの破壊』

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ここでの著者が「野獣化したパルチザンでさえ、子供を殺すためだけには、手を上げられなかった。」と指摘していますが、この点が虐殺の残忍さを下げているように私は思います(「野獣化したパルチザン」のにっちもさっちもいかない苦しみが感じられる)。

 

マレはこうした残忍性の高い殺しの状況から脱出の方策として「わたしたちは自分で自分を放棄してはいけないということ、また必要とあらば、他人がどう考えようとおかまいなく拒絶しなければならない」としています。禅には「もしおまえがこの棒を実在すると言えば、私はおまえをこの棒で打ちすえる。またもし、この棒が実在しないとおまえが言えば、やはり私はおまえをこの棒で打つ。さらに、もしおまえがそのどちらとも答えなければ、それでもこの棒でおまえを打ちすえる。」という問答がある様です。答えは「弟子は手を伸ばしてその棒を師の手から奪いとってジレンマ状況から自己を解き放つ」というもののようですが、残忍性が高い殺しの状況からのマレの脱出の方法と似ています。こうした残虐さは、マレによれば、ギリシャ神話、ゲルマン神話、聖書、新約聖書など太古の昔からあるということですが、それがあることは洋の東西を問わないのかもしれないです。

が、どちらにしても圧倒的な暴力の前では「自分」や「自己」などは無力です。確かに例えばアウシュビッツの収容所の絶望の中でも幸せがあるときはあるし、それに救われてということもあるのかもしれないですが、別の生の相では圧倒的な暴力状況におちいったら無力だとも思います。するとそういう状況に陥らないにはということが論点になります。が、これ以上は話せません。あるにはあるが。というのも、話したら最後、私を殺したがっている者にその手立てが逆手にとられることで私は無力化され、右に左に振られて、最後は結局、殺されるからです(しかしというのも逆手にとられてしまうのでしょうか・・・)。

凝固点が低いから融点も低いという訳ではない(当然な者には当然かもしれない、が)

溶媒を水とする。水と水溶液(=水+溶質)それぞれ冷やすと、水溶液の方が低い温度で凍る。これは凝固点降下が起きて凝固点が下がったためです。他方、その氷が融ける時は、確かに水溶液の氷の方が早く溶け始めるのですが、それは凝固点が低いからではないと私は思う。なぜ「私は思う」をつけたか。いくつか資料をみると凝固点が低いから融点も低い(=早く溶け始める)ととらえている者が多い気がするからです。自分と同じように凝固点が低いから融点も低いとはとらえていない者もいることにはいます。

凝固点は水に溶けている溶質の粒子の個数に影響されます。粒子の種類は関係ないです(が教科書的定説)。だから同じ濃度でも電離する無機物の方が電離しない有機物よりも凝固点は下がります。これは凝固点降下といい、なぜそうなるかはルシャトリエの法則から説明できます。

さて無機物も有機物も水和していますが、凍り始めるところは水和していない部分からです。なぜか。氷ができるとはそこにある構造を持った水分子のつらなりができるということですが、水和している部分の水分子と構造している水分子は構造の方向性の関係から構造化しにくいためです。

さらに、このつらなりの隙間に入ることができる物質はフッ素や塩素などと少ないです。これは構造の隙間に粒子が入りにくいということです。つまり溶質を取り込むようにしては氷はできていないことの方が圧倒的に多いです。

こうして水和していないところか氷の部分が増えていくと他方に溶質粒子も集まり始め、最後には水と溶質粒子がわかれてひとまとまりの氷になります。(その時、水和している部分の水分子はどんな状態なのだろう。不格好ながら氷の構造の一部に連結しているのだろうか?それとも?)。

 

ここまではいいだろうか。いいとしよう。さて問題は融ける時のことです。

 

結論からいえば水溶液の氷の融ける早さは①「溶けている粒子の個数と大きさ」、②「溶けている粒子の性質」、③「溶媒の比熱」の三つが影響していると考えられます。ここでは溶媒は水のみで考えているので③は考慮に入れません(溶媒が水の場合や例えばアルコールの場合など他いろいろな溶媒の場合でも実験するとしたら溶媒の比熱も考慮しなければならないです)。

②「溶けている粒子の性質」は教科書的定説としては凝固するときには関係はありません。それはルシャトリエの法則から説明できるということでした。しかし融ける時は、溶けている粒子の種類によって異なる熱伝導が影響すると考えられます。熱伝導の高い粒子が溶けているとそれだけ熱を伝えやすいと予想できるからです(他方、しかし本当に凍る時には熱伝導は影響していないのだろうか。影響しているとしても無視できるあるいは観測できないほど小さいのだろうか。そんな疑問があり「教科書的定説」としていました)。ともあれ融ける時には、熱伝導が影響しやすいと考えられます。そうだとすると同じ量の水に無機物の粒子が例えば2個と有機物の粒子が同じく2個溶けているとしたら、凝固点は同じですが、融点は違ってくるといえます。

さらにここに①「溶けている粒子の個数と大きさ」が影響してきます。なぜ影響するか。それにより起きる対流の起きやすさが違うからです。起きやすい方がどんどんと溶けていきます。無機物の粒子は同じ一個だとしても有機物の一個と大きさが全然違います。有機物一個の方がとても大きいです。どちらの方が対流がよいかといえば無機物の方です。このように粒子が同じ一個でもその大きさの違いのために対流の起きやすさが異なるため、無機物の方が早く溶けるということです。

こうして同じ量の水に無機物の粒子が例えば二個と有機物の粒子が同じく二個溶けているとしたら凝固点は同じですが、融点は無機物の水溶液の氷の方が低く、融けるまでの早さも無機物の水溶液の氷の方が早くなるといえそうです。

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融点の側は凝固点降下(ルシャトリエの法則)では説明できないことによって影響を受けているのです。

 

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↑こうしたことを教えてもらえる先生がいる中学生や高校生の頃であればー理学専攻の大学生の頃でもいいのだが、理学専攻の大学生としては簡単な内容かもしれない―、「先生、ここどうなっているのですか。教えて頂けますか?」などと尋ね教えてもらうこともできるかもしれないが、先生がいない大人で理学専門ではなかった者が、こうした疑問に引っかかり、じぶんで何とかしようとするととても大変。結果に対してもびくびくもんです(理学専門のネトウヨみたいのが現れて、絡まれたらどうしょうとか)。逆にこれを鵜呑みにする良い子がいたらどうしようとか。それも心配。

「先生がいるということはとてもありがたいことです」と先生のいない知力も衰えつつある私はせつに思いますよ。

そのうえ、小説よんでケタケタ笑ってる自分からしたら、こうした理系的なものに集中できる方は、なぜそうできるのかと疑問に思いますね。正直、小説からしたらそれは色気も味もない。じゃりっじゃりっと砂を噛んでいるような感じです。自分の場合は理が通っているかどうかを第一に考え、これを考えてみましたが(理を大切にしているから、小説が面白く読めるというところもあるのですが)。

「見えているwriter’s dying words」あるいは「見えていないwriter’s dying words」から始めよう?

デカルトの〈我思う故に我あり〉は、そう言い切っている自分も含めて表現するならば「〈我思う故に我あり〉と思う故に我あり」となる。さて自分自分ひとりで自分だろうか。自分自分させている他者自分にはいるのではないか。いるとすれば「〈〈我思う故に我あり〉と思う故に我あり思う故に我あり」となる。他者は幾人いるだろうか。無限。少なくても自分だけは含めたい、言葉に乗っ取られたくないとすれば、〈我思う故に我あり〉は「〈我思う故に我あり〉と思う故に我あり」で完結する。ただしその最後の「我あり」の後には表記されていないがありえているものがありえている。(私は見えないと忘れがちなので)それを☆と記せば「〈我思う故に我あり〉と思う故に我あり☆」となります。この星の如く存在は、数人の他者あるいは無限の他者の後にもありえています。それぞれ違います。働きは同じです。それにはそこから何かが始まる可能性がありえています(ゆえに最後は例えば数字に親和性があるともいえます)。

 

さて文章には作者がいます。しかしその文章の読者にはその作者は時にうっとうしい。なぜか。作品を読むという行為はまずは個人の取り組みだからです。作品に何か見つけたらそれを自分だけではなく他者にもわかるように表現します。それまでは作者には死んだようにして黙っていてもらいたいのです。「読者の誕生は作者の死によって贖われなければならない」というバルトも私と似たようなことを考えていたかもしれません。

 

ここで作者=自分とすれば自分が単体で存在しているとすればその作品は「〈我思う故に我あり〉と思う故に我あり☆」の如くで完結します(とすれば「作者なき作品という作品」も考えられます。作者=言葉の場合です)。作者=自分とその他者、であれば「〈〈我思う故に我あり〉と思う故に我あり〉と思う故に我あり☆彡」の如く作品で完結します。

 

先ほど、そのどの場合も、最後の「我あり」の後には「表記されていないがありえているものがありえている」として、それを「☆」や「☆彡」で記しました。作品を書いている者が作者だとしたら、その記は「作者の死体」でしょうか。違います。「作者の死体」をいうのであればそれは最後から2番目(記の一つ手前)です。それは通常、「作者の死体」ではなく「作者のサイン」と呼ばれるでしょう。「☆」や「☆彡」といった記は「作者のサイン」の後にありえています。強いていえば「writer’s dying words(辞世の言葉)」です。

とすると、バルトのいうように「読者の誕生は作者の死によって贖われなければならない」としても、そういうよりも「読者の誕生は作者の半ば死によって贖われなければならない」といいたくなります。その意図するところは、作者は死んでも「writer’s dying words」としては生きているからです。

 

「writer’s dying words」を記した場合、その「writer’s dying words」は呪術性をともなっていそうです。それにはその人のすべてがありえているにもかかわらず、その人はそこから離脱しているにもかかわらず、その人のすべはそこにありえているからです。例えばだからそれを例えば踏むと(かつて作者だった)者が生きていればどこかで「ギャー」とかわめいているかもしれません。死んでいれば自然の音が激しく聴こえるかもしれません。できればそこには踏み込まず問うようにして、詩人の如く態度でそこに語られなかったことを他者にもわかるように表現した方がよいのでしょうが、どうしても踏むというのであれば愛撫するようにお願いしますといったところでしょうか。他方、それが記されていなくてもつまり見えていなくてもそれはありえていますから、見えていなくても見えている時と同じ態度でそれに挑んだ方が怖い思いをしなくてすむかもしれません。ただ、見えていないと文章の残響、残り香、残温もりといったものに触れなおすあるいは問うということですから、それはとかく視覚に頼っていると困難だともいえます。

 

よほどの天才でない限り、いきなり作者ということはありえないです。基本的には後の世の作者もまずは読者から始めます。この意味で小説の普遍的スタイルなどと呼べそうなものがあるとしたら、冒頭、「見えているwriter’s dying words」あるいは「見えていないwriter’s dying words」から始める、といったものになるかもしれません。