〈答え〉と起こるかもしれない〈二重的問題〉を明確に述べるには幾度か遠回りせざるをえない

時折、何もかも無くなる。「時折、何もかも無くなる」ということすらなくなる。二重にむなしくなる。虚しい。空しい。理由はわからない。私にはそういうことがある。そしてそうしてむなしくなると自分の場合すべてどうでもよくなる。こうした私(自分)は治療したいと思うじぶんがいる。そうでなければ、むなしさを感じたまま密かにひっそりと死んでいきそう…。それは避けたい。じぶんはそれ以外の人生で生きたいのです。

それにはむなしい私(自分)のことは一旦置いて、他へと向かいその苦しみを確信的にしかし密かに何とかするように生きた方がよいと思っている。他へと向かいその他から他の苦しみがわかるということがたまにあるということは、むなしい私(自分)には、ありえる。しかしそうしてわかった苦しみは公開できない。それはいくら他の苦しみとはいえ、わかった瞬間に同時に誕生した自分にしかわかっていないことだから。これは、自分は自分ひとりでは生きていないということですね。わかった後、例えば教員「いいか。こうすればいいんだ!」学生「はい」とか、教員「これはこうだと私は思います」学生「違うと私は思います」というような一方的ないし双方向的な教育関係―どちらもそれぞれの自のみをベースにしている-に従って、他の苦しみを何とかする手立てを講じると、とかくというか絶対ハラスメントになる、か、そういわれないとしても自分で自分の身を亡ぼす結果に終わる。どちらにしても有りで、しかし行きすぎず、つまりグダグダのままやっていってもよい。が、それはむなしい私(自分)の再演のような気がしてしまう。なぜだろう。

それよりも、わかってしまった他の苦しみを何とかするにせよ、その他の苦しみから一旦離れ、別のあるについて自分の初期の認識あるいは身体図式を換えて、もう一度、他へと向かい、公開することのできないその苦しみを何とかする手立てを講じるのですが、しかしその手立てが別の何かしらのために講じられて(も)いるというように何とかしたい―自分の初期の認識あるいは身体図式が換わらないと、この講じ方の最後の部分ができない―と思っているからかもしれない。

ありえてしまった時にありえている身体ないし自分はそれでなくてもよかったはずです。むなしさに拉致られる身体でも、そう拉致られたとしてもどうでもよくなる自分でなくてもよかった。可能性としての身体あるいは自分は別でもよかったはずです。なぜありえない昔に身体がむなしさにつけこまれそうになった時に異を唱えることができなかったのか。異を唱えられなくてもその後にすべてどうでもよくなることを防げられなかったのか。答えの形式としては「次元を異にする答えがひとつの答えとしてありえる〈答え〉」ですが、そうした〈答え〉が出ればじぶんはそのような他へ関わりをやめうる。

そのためにこそ「わかってしまった他の苦しみを何とかするにせよ、それから一旦離れ、別のあることについて自分の初期の認識あるいは身体図式を換えて、もう一度、他へと向かい、公開することのできないその苦しみを何とかする手立てを講じるのですが、しかしその手立てが別の何かしらのために講じられて(も)いるというように何とかし」なければならないのだろう。

そうして自だけがというようにではなく「自分の初期の認識あるいは身体図式が換わ」り、もう一度、むなしさないしすべてどうでもよくなるに挑めば、今度はむなしさに拉致られるあるいはすべてどうでもよくなることはないだろう。何かしら次元を異にする答えがひとつの答えとしてありえる〈答え〉が出るはずです。それはそれでまた別の身体的問題ないし自分的問題が実際に起きるのかもしれませんが、起きないかもしれないです(とそこまでははっきりと述べることができます)。

文化的雪かき、専門性と御礼、未来世代

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「ハメルーンの笛吹き」や「隠し神」の物語などを念頭にして

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生きていられる世界とその世界があるためにあるその外部がある。生きていられる世界からして外部はわからない。ただ外部があるよということはわかる。外部の性質とは有ることが無いようにしてありえていることにある。

 

こうした世界観の世界が無いようにして(無いもないようにして)ありえている。

 

生きていられる世界に外部から何かくることがある。すると生きていられる世界は生きていられない世界になっている。外部も揺れている。今やこのようにて世界がまさに有りえている。

 

外部から何かきた何かは、生きていられる世界の破壊者であるが全くの破壊者とは言い切れない。というのも生きていられる世界を破壊することは、その外部にも影響を与えるということだから。

 

長、救いにきた者に向かい「なぜきたのか」

救いにきた者「それをしなければすべてがダメになってしまうと思ったから来た。根拠や証拠はない。専門性、専門性いうのであれば「根拠や証拠がない専門性」に従いそうした。だから万が一そうすることですべてが救われたとしたら、専門性に対するそれなりの御礼は頂きたい」

長「(証拠や根拠のない専門性にそんなことできるはずがない、と笑いながら)わかった。お願いしよう」

 

救いにきた者が実際に救った。生きていられる世界の欠点をフォローしているとわからないようにフォローするようにして救った。

 

長「救ったとしても根拠や証拠がない専門性にいくら専門性があるといえどもそれなりの御礼はできない。根拠や証拠がないぶん引いた御礼でよろしかろう」

救いにきた者「約束を破りましたね。(長は生きていられる世界のことしかわからないのだな)わかった。引いた御礼のぶん未来(こども)を頂こう。長も困るまい。(約束を破った長のその姿をみている健全な成長を続けている子らもついてくるだろう)」

 

ついていった子らは更新された外部でまっとうな大人になった。

 

ほら、お空の彼方をみてごらん。手を振っている。みんな元気そうにやっているよ。

「マナ」、「言霊」がありえる仕組みの私なりの説明(メモ)

或る大きさの正三角形を一つ書き、その重心を軸にして、頂点をずらして同じ大きさの正三角形を一つ書く。六角形が書ける。同じ作業を何回かくり返す。多角形が書ける。さらに同じ作業をくり返す。多角形は円形に近づいている予感がする。さらに同じ作業をくり返していく。ある一瞬を境にその形は円形にしか見えなくなる。しかし手続き的にはその円形は多角形である。同じ作業を何回繰り返しても多角形である。ということは知的にわかっている。だが今や円形にしか見えない。どうしたったそれは円形。であるとすると例えば「多角形が円形に見えるなんて妄見だ」なんだとあれこれといわれても仕方がない。そういわれたくなかったら何かしらを沈黙させたかったら、自分が円形に見えている多角形を自分以外にも円形に見えるようにする別の―「工夫」ならば工夫-がなければならない。

 

この作業を通じてそう認識するに至った円形は、知的には多角形だとわかっている。しかし今やそれはどうしても円形にしかみえない。が、それはその自分だけのことであり、それについて他者からあれこれといわれたくなければ、その他者にもわかるような工夫もしなければならないということです。

 この工夫がないとその円形は確かにいるのだが決して現れない生き物(?)に奪われるようにして失われてしまう。するとその自分は、いつものように何かしようと自然と手をのばしたら、そこにあるはずのもの―ここでは円形-がないというようにして「あれ?どうしたのだろう」というように困惑する。この自分はそのままだと死んでしまう。

マルクスのいう「疎外」の害?とでもいえるだろうか。似たようなことは村上春樹がしばし書いている例えば『ノルウェイの森』の直子とキズキ、『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の僕とその影の関係で。

 

他方、おそらく自身でもわからずにその円形を持って行った生き物は、その円形に憑かれるようにして自身が則(のっと)られてしまう。そもそも持って行った段階ですでに憑かれているともいえる。

 

こうした現象が起きる理由は、‘持って行かれた円形は、その円形を多角形からあらしめた自分と不可分的にありえている。つまりそれはただの円形ではない。自分の命の一部―この一部を失ったら死んでしまう―がそこにありえている’から。恋に落ちるようにして否応なしに持って行ってしまう。

大昔の人は、この円形のような在り方(居方)をするモノをみて、「マナ」が宿っているといったのかもしれない。ただ「マナ」のような一見すると魅力的な概念は、あまりにもかかわった人間が多いためか、原初的な様子がわかり難くなっている感が私はしている。

 

いくらその生き物とすれば生き物が勝手に持って行ったとしても、その生き物はそうした段階で自分の命に染められている。自分それでいいのか(と自問)。自分もそのままだと死んでしまうぞ(自分の中の他者の声)。

 

最近、自分の人間関係の漢字遣いが関係するような事件が起きると私は感じている。例えば、自分の人間関係に、Bさんがいて、Bさんに手紙を書いて、しばらくすると、〈B〉さんがトラックに轢かれて死亡しましたというようにニュースが流れるというように。‘B’の部分が漢字で起きる。

こう考えるとそうした事件が起きても不思議でないとわかる。漢字もまたある意味、物。そこに自分の命の一部が宿っているとして、それが持って行かれてしまったとすれば、その漢字に踊らされるようにして、そうした事件が起きている。こうしたことを古来ならば言霊といったのかもしれない。

 

このようにわかっていると、何かしらに触れたくても容易には触れることはできない。また否応なしに触れてしまったとしても、即、持って行いってしまうにはつながらないといえるか。

 

触れる手続きというものがある。引用ならばまず言い返すというように。建築は音楽が凝固したものだと昔から言われているが、そうしてありえた建築からその音楽をあらしめるように。サグラダファミリアは完成したら町に音楽を与えるというように。

漢字に触れる時(漢字を書く時)も、漢字を引用した後、読み(音)を書くのなら書かないと。それは円形についても同じ。(手続きの続きがあるがここでは省略)。

 

こうした手続きを無視すると、何かしらに憑かれる。その害らしきは確認してきた。そうならないようにか、そうした手続きを無視すると、引用ではなく盗用だとか、剽窃ということになる。

 

地震が起きて大揺れしていても、大揺れしているそのこと自体は決して揺れないという不動さのおかげで生きられるということがある。が、その不動さは、宗教と科学を同じIにする。それは時に事後的にあってはならないことを起こす(起こしてきた)。先ほどの触れる手続きはこうしたことをなくすだろう。

 

「守る」ということについて

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自分の子供が幼かった頃のクリスマスの朝。朝起きて枕元に置いているサンタさんからのプレゼントを見つけて喜んでいる子供の顔を覚えているかな(ちなみに私には子供はいない)。その子供が学校で友達に「サンタさんからプレゼントもらったよ」とニコニコ話したら、「サンタなんていないよ」(啓蒙さん)とか「お前、頭の中、お花畑だな」(ネトウヨさん)とか「私、親いないんだよね」(物語さん)とかに、そういわれてしまうかもしれない。そしてそういわれた子供は、テレビ「お宝探偵団」で自分の宝がすごく価値のあるものだと真剣に思っていたが、鑑定を受けたら500円といわれて、人生を丸ごと否定されたかのようなご老人と同様な思いをするかもしれない。

親でも誰でもいいのですが、そうした子供たからか、サンタさんからプレゼントもらって喜んでいる子どもの生を、守れるかどうか。そうした子供の生に於いてこそその子はその子らしさを失わず育っていく。その子供の生の様な生に於いてしか死ねない。

守る際は、当然、何気なく。その何気なさも何気なく。でないと、今度はそう守ろうとする人がいろいろと投げつけられるかもしれないし、守られるだけではその子は、その子らしさを失う。(だとしても、というところもあるので心配しなくてもいいのですが)。

それには、全員とはいわないですが、ある程度の人々が例えば「僕が君に見せてあげたもの、あれはみんな本当なんだ。神もなければ、宇宙もない。人類もなければ、この地上の生活もない。天国もない。地獄もない。みんな夢―それも奇怪きわまる馬鹿げた夢ばかりなんだ。存在するのはただ君ひとりだけ。しかも、その君というのが、ただ一片の思惟、そして、これまた根なし草のようなはかない思惟、空しい永遠の中をただひとり永劫にさまよい歩く流浪の思惟にすぎないんだよ」(マークトゥエイン『不思議な少年』)という様な境地に一度は達しないと、いけないのでしょうね。

写真は「美園遺跡出土 家形埴輪」ですが、この「家形埴輪」は、ここでの守りのあり様が実際に形になっているような気が私はします。

方法について

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〈方法〉の「ほうほう」というものがある。鷲田先生の著『反・方法主義』の‘ホウホウ’は、ここでいう〈〉の方法にあたるだろうか。内田先生ならばここでいう「」の‘方法’をそういわない(表記しない)かもしれない。

〈方法〉は決まりきった仕事をする時は大切でしょうね(製造ラインでいう「5S」のように)。けどそれがすべてではない。すべてだとしたら例えば演劇、スポーツ、音楽、性交などはとても退屈な営みになる(陰核に触れれば女はいくとか。まさにスイッチがはいればすべがわかる(アレント)というハイデガー哲学の応用)。それらを広く「芸能」と呼べば、芸能はとても封建制度なところがある。なぜか。〈方法〉がさほど重視されないと、暴力を招きやすい。それを防ぐためかもしれないです。

〈方法〉は、それに従えば誰でも同じような結果を出せるという意味で、例えば仕事の伝授の場においてのハラスメントを防ぎやすいと私は思っています(従わせるためにハラスメントしようとしていることもある)。

指導者はとかく〈方法〉はやめろ(成長しないから)といいますが、あまり聞かない方がいいかもしれません。聞いて裸で踊りだすと成長のために正しい暴力が振るわれることがありますよ(割礼とか)。DNAレベル的に傷つきます。注意されたことをしようとしても二度とできないようになってしまいます(『オープンダイアローグ』の推進者にはそんな指導者になって欲しくないです)。

〈方法〉の「ほうほう」はこうした内容をあらしめます(無内容だと〈方法〉主義者はいうかもしれないですが)。

例えば車、飛行機、宇宙船などの鎧系の物をつくる際には、一旦、出来上がるとつくるための〈方法〉がありえます(多くは企業秘密ですね)。〈方法〉の「ほうほう」は、一旦、始まりに返り、そこから始めることを、〈方法〉的に裸にならずに行います(しかし〈方法〉ではないです)。伝統的に船のつくりには〈方法〉の「ほうほう」が生きているかもしれないです。芸術的な作品だと藤森さんの未来の霊柩車やイサム・ノグチさんのモエレ沼公園にうかがいえる気が私はします(三角の金属のブツによくみるとざらざらがありえている)。千葉雅也さんは、お店でじっくりと、どんな道具が勉強のためになるか見定めているはずです。車や飛行機や宇宙船もある意味、まだまだ可能性はありますよ。〈方法〉だけだと、デトロイトみたいになっちゃうかもしれませんね。

例えば人目も楽しませる鎧というものもあります。それを着ればいいという訳ではないですが、鎧を脱いで再起不能なまでに傷つくような危険に身をさらす必要もないとイロイロと再起不能な私は思うのです。他方、マムシの如くは人命を奪いますが、マムシ酒というように復活薬にもなるということもありますけどね。

仕事と新自由主義についてのメモ

仕事は仕事している自分を忘れているからその仕事ができるというところがある。仕事をしている最中に仕事をしている自分に気がついてしまったら仕事ができなくなる。気がつかないひとは一生、気がつかないとも聞く。なぜ気がつくことが起きるか。その仕事がその仕事としてありえているがゆえに必然的に封じてしまっている何かに先行的に感づいてしまうようにして起きる。「良心」に目覚めたともいえる。その何かは二種類ある。ひとつはその人がたんに知らない何か。もうひとつはその人以外のみんなが知らない何か。感づいた後、そのまま終えるというのもありといえばありだがーありになりがちだがー、もう一度仕事に戻るのであれば、どちらの何にしても二度、かわることで仕事に戻りうる。そうして戻った先の仕事にはその何(見かけは違う)が到来する。別の仕事が誕生した。

 

①仕事だけでなく、②①の仕事をしている自分も起点とする仕事、③あるいは別の仕事は、会長・社長・役員、平社員・バイト・バイト見習といった両極でとかくなされる傾向があるようです。会長・社長・役員は、平社員・バイト・バイト見習いよりも小さい傾向ですが、その間の社員よりは大きい傾向です。その間の社員は仕事をしている自分にとかく気がつくことはないです(だから例えば「幸せ」ならば幸せをそれなりの時間、享受できるといえるかもしれない)。

 

国家による経済活動への関りが少ない(←「ネオリベラリズム」とする)だと、この動性は弱まります。ネオリベラリズムにくらべ国家による経済活動への関りが多い(←「ニューリベラリズム」とする)だと、この動性はそれなりに働くようです。これは経済活動に会長~バイト見習い以外も関わるかどうかの違いともいえます(関わるほうがニューリベラリズムですね)。

 

ネオリベラリズムとニューリベラリズムの関係にもこうした考えが適用されるでしょうね。①の仕事≒ネオリベラリズム、②、①の仕事をしている自分も起点とする仕事≒ニューリベラリズムというようにです。しかしこう考えると③の別の仕事に対応する主義がないですね(どこかではすでに言われているのでしょうか)。とりあえず仮にここでは(かつて私がそう呼んだ)「新・新自由主義」とでも呼んでおきます。私たちは新・新自由主義の時代に生きているのです。みんな、ゆる~っとやっているのですよ(こんなこと考えているとB‘zの『Lair lair』が身に沁みますね)。

わからない関係、関係の〈外〉へと関係を開く関係として生きている

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「ある」が現れてしまっている。なぜ現れているのか。かつての「自分」が「ある」を起点として生きていた関係が切れてしまったから。それは「いつもの生活」に生きられていないということだ。どのような関係が切れてしまったのか。わからないとしかわからない。しかし確かになにかしらの関係として生きていた。いつ切れてもおかしくない関係として生きていた。なぜ切れてしまったのか。生きていた関係の恣意性を指摘する声が入ってきた。それがその関係を切った。誰の声か。誰の声でもない。ただその声だけが入ってきた。切れてしまわない関係があるということか。ある。各部分部分、両義(両重)的におさめられてある。ただし切れてしまわない関係には切れてしまう関係も含まれている。そのため関係の恣意性を指摘する声のための余地がありえている。関係の恣意性を指摘する声は二種類あるということだ。入ってきてしまう声は、逆側に切れてしまわない関係が含まれていない切れてしまう関係の恣意性を指摘する声。もう片方の声は、逆側に切れてしまわない関係が含まれている切れてしまう関係の恣意性を指摘する声。この声は届く。これらの声が出てくるところが「いつもの生活」だ。「いつもの生活」の「いつもの生活」らしさは別々にありえている一つ一つの恣意的な関係を両方それとして生きていることにある。一つの関係はいつ切れてもおかしくない関係であり、もう一つの関係もいつ切れてもおかしくない関係なのだがその背後には両義(両重)的におさめられた部分から成立している切れてしまわない関係がありえている。

「いつもの生活」に「ある」が現れてしまう。現れてしまうと「自分」が誕生する。「ある」が現れてしまうと「いつもの生活」に生きられなくなる。「ある」が現れてしまった後、次に記す基本的過程を通じて、「ある」を起点に、「自分」が、切れてしまわない関係を含む切れてしまう関係をあらしめていく。「ある」がなんであるのかその「答え」(別の答え)が出た段階で「いつもの生活」に戻るだけはできるが、それだけではまだ生きてはいない。「ある」から「答え」(別の答え)までの関係があらしめられた後の「ある」を起点に「いつもの生活」に生きなおすという方針です。

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「ある」が現れてしまう。現れてしまうと「自分」が誕生する。その「自分」があたかも〈ある〉を自身で現わせたかのように引き受けると「何」が現れたとわかってしまう。「何」の周辺へと赴くと「何」に触れてくる「別の何」を発見してしまう。触れ感は「何の部分」であるが「何の部分」が定まるや否や一瞬にしてそれがなんであるのかその「答え」が出てしまう。出た後になにがその「答え」を出させたのかと問うと「答えを出させた観点」がすぐに明らかになる。

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「ある」を起点に、「自分」で、この関係をあらしめていきます。全部で七部から成立しています。見つかるべきものが見つかるようにしてこの関係はあらしめられていきます。部分をつなげているからといってどのような部分にするのか迷い決断することや、部分から全体が成立しているといってもパズルを組むような試行錯誤はないです。こうして一旦、関係をあらしめると、今度はその関係に「自分」が含まれるようにしてその関係以外はなくなります。

ところでこの関係否応なしにそう接続してしまうとしても必ずしもある具体的な部分へ次のその具体的な部分が接続しなくてもいいです。別もありえます。まさに、このその接続は「恣意的」なのです。しかしどうしてもそう接続してしまう。

(関係が切れてしまう前にも、このような関係として生きていた。しかしどのような関係であったかはわからないでいた。が、恣意的であることに違いはなかった。その恣意さを指摘する声が入ってきてしまい、それまでそれとして生きていたわからない関係が切れてしまった。もう一度、つなげることでとりあえずわかろうとしている)。

 

ここでそのようにその関係のつながりは恣意的だということを「自分」で知っている場合と、知らない場合にわかれます。知っていれば、その関係の七部それぞれの部分を例えば両義(両重)的にするようにして恣意的でなくすることはできます。知らなければ、あるいは知っていてもなさなければいくら関係をあらしめても、その都度、その声を聴いてしまうようにしてあらしめた関係が無効になり同じ「ある」が現れてしまいます。

 

それぞれの部分を両義(両重)的にするようにして関係の恣意的な部分を恣意的でなくするとは、ここでは先ほど示した過程と同じ働きをそれぞれの「部分」を起点それぞれになすということです。つまり「恣意的な部分」の傍らに〔恣意さを何とかしようとする自分〕が行き、その〔恣意さを何とかしようとする自分〕が「恣意的な部分」を引き受けるとそれが〔何〕だとわかる。〔何〕の周辺へと赴くと、〔何〕に触れてくる〔別の何〕を発見してしまう。触れ感は〔何の部分〕であるが〔何の部分〕が定まるや否や一瞬にしてそれがなんであるのかその〔答え〕が出る。出た後、なにがその〔答え〕を出させたのかと問うと〔答えを出させた観点〕がすぐに明らかになるというようにして、ある「部分」を「自分」があらしめた関係との関わりで両義(両重)的にするというようにです。

 

例が適切かどうか定かではないですが例えば物干し竿は人にとっては洗濯物を干す場所だとしても鳥にとっては止まり木になるというようにです。その際、物干し竿が止まり木だと鳥にもわかるような工夫を添えなければです。ここが胆です。その工夫とは〔答えを出させた観点〕のことです。

 

「恣意的な部分」を両義(両重)的におさめる際、「答え」の部分と「ある」の部分は忘れがちです。なぜでしょう。答えを出すことが当面であれ目的でしたから達成した到達感によりそれが恣意的であることを忘れがちということでしょうか。「ある」については「ある」が現れてしまった後、このような関係をあらしめなくてもよかったではないかというように恣意的なのですが、忘れがちな理由は、「ある」を起点に、そうでなくてもよかったのに、もう一度「いつもの生活」に生きようとして、ここまで前のめりになって頑張ってきたからでしょうか。だとしても「ある」についても恣意的です。恣意的ですがそれは譲れないのだから「ある」を起点にあらしめられている関係自体もまた両義(両重)的にするということです。ここまでの関係自体をそうするとは「ある」のここまでと逆側へ展開するように最初に示した過程と同じ働きの過程を行うことです。最終的な関係は二重に両義(両重)的なのです。ここまでの関係自体を両義(両重)的におさめる際、注意することは、そうしてあらしめられた関係の部分部分を両義(両重)的にはおさめないということです。恣意的(=恣意的な様なままで)いいのです(「いつもの生活」の「いつもの生活」らしさは二種類の恣意的な関係に生きていることにあるということでした)。これは未だない恣意性を指摘する声が届く「空」が開かれているということでもあります。

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Memo

二十年以上前、大学の付属の中学校で教育実習を受けた時、指導教官から授業は「学習問題の提示-学習課題の設定-生徒の取り組み(机間指導)-発表・対話-まとめー振り返りー演習」という枠組みで展開してくださいと教わった。それを聞いた時、私は授業にも「問題-仮説の設定-実験-仮説の検証-考察」といった自分が理科の授業で経験してきたようなものがあるのだなと思っていた。その後、卒業論文で私は「子供の居場所」について取り組んだ。その際、幾つかの古くて大きな家の間取りのあり方を題材に取り組もうとしていた。当時は安曇野にそのような家が多かった。その旨を先生に話すと「それなら諏訪の方がいいかもしれない。やっているひともいる」ということだった。

 

卒後もことある毎にちょくちょく気にしていたら、なんというかそのような「コスモロジー的構造」というテーマは、なかなか奥深いと知った。資料にあるように、古くは縄文時代の土器から最近の哲学、建築、宗教、数学にまでありえていた。先生が話された通りこうした考えは諏訪地方に色濃く残っているように私も思った。地形が関係している気がしていますね。そうしたものをいくつか見てきた私には「どれも変化・生成的なことを示そうとしている。それゆえに違いがありえている」という印象もしています。またその構造は、幅広くありえているにもかかわらず太古よりそれぞれに一子相伝的に継がれているようです。なぜでしょう。その構造ではメタ的な次元にたつことができないからだと私は思っています。

 

数字はわかり難いですね。例えば九鬼さんの円は43であり、古東のあるの円は-円だけならば9―であるし、リーマンさんの右図では39、中沢さんの円は円だけなら6であり、資料には載せていませんが、「心は一瞬してかわる」「心の速度は光の速度の17倍である」という仏典もあると聞きます。これは17段階でかわるということですかね。諏訪では7、19という数字をよく見かけます。この中で7、19は月の満ち欠けの数と連動しえます。同じかわるでも仏教的には17で月の満ち欠け的には19なのです。

こうした数字は、ひとまとまりにありえている部分を数えるようにして後から付せたものでしょうか、それとも数字自体がある関係を組むようにしてひとひとまりとしてありえているようなものなのでしょうか。

 

歴史的に戦や政治的闘争が九州・関西に比べ少なく地形的にも恵まれた関東より北にはこうした資料が他地域よりも残っている気がします。こうした資料を例えば井戸尻の『神像』をハイデガーの「語り」近辺の概念、メルロポンティの「両義性」「可逆性」の概念、レヴィナスの「他者」、幾何学からながめますと、基本的に7→13→19の19部分と13につく36の部分、計55部分という数が全体的な数として現れ、そこにそこまでやり抜いた人の単独性がひとつ、ふたつくるようです(もう一枚の資料参照)。図柄としては、写真中央下部の「たこ形―ひし形」連鎖形は、その左の「平行四辺形(ひし形)」のついた蕨手によってそれが実際にあらしめられ、その右に四角形(2種)、台形(2種)がきて、そこで逆蕨手によって一気に上部まで土器上部縁まで上がり、その縁で二つの線が絡み合ったようなオブジェにいたる。その穴には見方によって違うものがみえる(時間の違う二つの三日月の象徴?)。傍らには小さな円形(日の象徴?)がある。そのオブジェの下は時空間の違う二つの身体部がある。こうした品はコスモロジー的な存在なので動くということはない。それゆえに時空間を通して時空間の受け皿となっている(私が紙一枚であらわそうとしていることを立体造形的に上手にあらわしている気がしますね。そちらのほうが私としてはわかりやすいです。当時のひと、すごいなぁと思います)。

 

この数の関係を物理的数学的にかける予感はします。しかし自分にはできそうもないです。例えば方程式を理解し解くことはできるが方程式という仕組みを作り出す能力がないからのような気がします。訓練されていないというでしょうか。昔の科学者は自分で実験道具もつくっていました。今はそうした機会は失われつつあるというようにですかね(最先端では違うかもしれないです)。だからというわけでもないですが、その数の関係をかこうとすると絵的な表現になる。それを文章で表そうとしたら本一冊くらいにはなる気はします。

 

ともあれこの数を視点として例えば九鬼さんのいきの円の43との数との違いは12ですが、九鬼さんの方が足りないのですが、これはどういうことだろうなどという問いも立ちます。

 

しかしなのです。こうした何気ない何かなにかしらへの関わりが、とても嫌がられることがあるのです。ちょっと触れただけなのに、というかだからこそかもしれませんが、いきなり人格をぶっ壊されたような感じがしているのでしょうかすぐさま、セクハラ、パワハラ、立ち去れ、直接的にも間接的にも二度と関わるな、出禁だ、くらいはいわれてもおかしくないことがありますね(九鬼さんくらいになればないかもしれないです)。ケアのプロでもどうしてもいってんそういうところはありえてしまうのではないでしょうか。

 

手前味噌のような話で申し訳ないのですが、逆にだからこの55の部分から成立する構造でやっていきましょうというところがあると私は思うのですね。この構造でやることは、学校教育であれば、「心の教育」、「道徳教育」、「学び」、『学び合い』などと親和性があります。それらの教育は子供が身を含めて学習することを目指しているように私には見えます。たぶん例えば英語教育ならば、今のほとんどの大人は学校時代、長時間英語教育受けていて当時それなりにできていたとしても、大部分の大人が英語ができなくなっていますが-忘れたとか、使っていないということもあるかもしれませんが-、そうした教育で英語の勉強をすると、一生できる英語として身につく気がしますね。そしてここが重要なのですが、それらは確かに、がちがちな矯正教育や洗脳教育と同じ-というか同じ働きはありますが-、しかし明らかに矯正教育や洗脳教育ではないようにもできているところです。

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(追記1)

タイトルの「わからない関係、関係の〈外〉へと関係を開く関係として生きている」とは例えばダブルスタンダードを生きているというよりも「わからない関係=関係の〈外〉へと関係を開く関係」かつ「わからない関係≠関係の〈外〉へと関係を開く関係」として生きているということです。「自分」のなかに裂け目らしきがありつつもひとまとまりに生きているとでもいうのでしょうか。具体的には。ある専門家が「自分」の専門分野においてあるテーマについて「関係の〈外〉へと関係を開く関係」としてその研究を終えている(続けるかどうかは別)とします。その同じ専門家でも専門分野以外のことでは「わからない関係」として生きているとします。その際、その「わからない関係」は、恣意的だよという声を聴いてしまうと、仮にその専門家が自身がどのような(比ゆ的にいえば)「舞台」(ここでいう「コスモロジー的構造」)で研究しているのかを自覚している方ならば、専門分野以外のことでも専門的に取り組めそうです。しかしその方は裂けるようにしては生きてはいない。裂け目らしきに封をするようなことをしてしまうと専門家ー特に優秀な専門家ーは「自分」の分野の研究結果を他分野にもどんどん応用していくようなことになってしまうかもしれないです。

 

(追記2)

55を部分とする数の関係性は①「ある」を起点に②「両義(両重)」的を通して③「可逆性」によって誕生しています。その数の関係性は「コスモロジー的構造」なのでそれしかないといえます。つまりその数の関係性自体にその数の関係性が働きます。よって例えば①55という数を確認する。②55×2=110という計算を行う。③110を11に戻す(ここまで増えてきたので)という様な関係性が考えられます。この55という数自体が10進法の数によっていましたから11の傍らに10があるというような数的構図です。同じ「数」ですが関係ないといえばないあるといえばあります(区別するために見かけをかえてもいいかもしれないです)。こうした構図だと、'55を部分とする数の関係性は①「ある」を起点に②「両義(両重)」的を通して③「可逆性」によって誕生している'としても、必ずしも'①55という数を確認する。②55×2=110という計算を行う。③110を11に戻す(ここまで増えてきたので)という様な関係性で'なくてもいいということです。

 

 (追記3)

一枚目の資料ー真ん中に「リヴァーシブルに」と書いてある資料ーで主なラインは三叉になっている。左上のラインが始まり、次いで下のラインに行き、最後に右上のラインへと翻る。その左上を長野県の小野、「ある」の近辺を辰野、下のラインのを伊那谷、右上のラインを諏訪に相当すると仮設する。すると小野の清少納言の「たのめの里」ーなぜ清少納言ほどの文豪(?)が都からしたらド田舎もいいところについて言及しているのかーと、伊勢神宮の方面と関りがある下伊那の「霜月祭」ー転換的(両義的)な祭りーと、諏訪の出雲の方と関りがある「建御名方神」ー諏訪が建御名方神の居場所ーが、関係して来ると私は思います。お話ができますよ。

小野は関西から関東・東北へと抜ける東山道と松本ー辰野間の道が四つ辻的に交わっています。小野は両小野というように塩尻側と伊那側にわかれて治められている。分水嶺もある。伊那谷は天竜川が谷の真ん中を流れている。暮らすうえで必然的に橋ー両義性のひとつの象徴ーと関りが深いといえる。さて内田樹・釈撤宗『現代霊性論』で内田さんは「橋の上と四つ辻は世界共通で「異界との通路」なんじゃないかな」と述べていますが、その資料をそのように読み重ねると、内田先生の説にまさに合うような地形的関係に辰野あたりはあるといえそうです。

「たのめの里」「霜月祭」「建御名方神」対象は歴史的に前後していますが、こう考えると他ならぬ諏訪がなぜ「建御名方神」の居場所に選ばれたのかということがわかる気がしますね。建御名方神」は出雲系にもかかわらず「南方刀美神」とも書くようですが、こじつけするように考えれば、諏訪にとっての伊那つまり南が諏訪と関りがあるといえそうで、そのように伊那と諏訪は可逆的な関係でありえているともいえる。そうした考えとは別に伊那と諏訪は真逆だといわれていますね(仕事にもっていくおにぎりの大きさや男女の気質など)。南が諏訪と関りがあることについては、九州→黒潮→伊勢あたり→飯田→諏訪という流れで諏訪に住み着いた一族もいるようです。

「たのめの里」「霜月祭」「建御名方神」的な考え方は全世界的にあったのかもしれないですが、ここらでは諏訪に縄文時代位から残されていた。「建御名方神」以前からありえていた。この考え方あるいはこの資料の関係の生き方は、否応なしに生きられなくなって、引っ込んであれこれと身を護るようにして、再度、生きようとするように戦闘的といえば戦闘的な生き方です。しかし自ら戦いを挑んで開戦したわけでもないし、征服して終わるというよりも、妙な共生に終わるという戦い方です。ここでの妙な共生とは諏訪の大祝と神長の関係と似ているともいえます。

諏訪は軍神だと聞いています。第二次世界大戦の頃には物凄くたくさんの人々が日本中からお参りにきていたようです。軍神的諏訪は鎌倉時代に日本中に広がったと聞いています。こう考えてくると確かに諏訪は軍神でしょうね。軍神ですけど「自分から喧嘩うって完膚なきまでに叩きのめす」というような戦いの神とは違いますね(そんな神いればの話ですけど)。