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〈教育〉と〈学び〉の関係についてのメモ

「児童・生徒・学生が、教育内容に身を通して、その身を教育内容に成らせて、教育内容と化した身を運用することでテストでできるだけよい得点を取る」という学習形態をここでは〈勉強〉と定義する。他方「児童・生徒・学生が、教育内容に身を通して、その内容に何か発見し、その発見したことは何かという問いの答えを自分あるいは他者だけでなく第三者的な存在にもわかるよう試みる」という学習形態をここでは〈学び〉と定義する。

この定義から確認すると〈勉強〉と〈学び〉は同時には成立しないが、どちらが良い悪いということもない。学校設置の基本理念に立ち返れば基本は〈勉強〉だろうか。〈勉強〉中、教育内容に身が何か発見してしまったら〈学び〉が始まる。〈学び〉は〈教育〉と違い「ここが切り上げとき」というところでさっと終わる。永遠に続くということはない。何度かはありえる。終わったらまた〈教育〉に戻るといった関係が〈勉強〉と〈学び〉の関係といえだろう。

とかく〈勉強〉は大量生産大量消費的な経済活動と親和性が高く、〈学び〉はそうした経済活動からは嫌がられる傾向があった。しかし最近では条件的にかつてのような大量生産大量消費的な経済活動はありえないということで〈学び〉も経済活動的に注目されているがどうなるか?。かつて多くの者が指摘していたように〈学び〉はやはり新自由主義的なものに絡めとられてしまうのか(だがそれほどに新自由主義は強くあられるのだろうか。そう思っているのは企業の経営状態を十分に検討したことのない教授たちが観念的にそう思っているだけではないか。企業の経営状態はどこもー強調するがどこもー思われているよりは悪い気がするのはわたしだけだろうか)。

教育史的には、受験産業が得する以外に誰が得なのかという程に加熱した〈勉強〉ー例えば「詰め込み教育」や「受験戦争」(校内暴力)ーの反省にたち西暦2000年頃に〈学び〉が学校教育に導入されたとわたしは当時、学校で教わった。それも〈学び〉は、今に導入されたことではなく、そのはしりのような学習形態は戦前、戦中の教員主導型(権力主導型)の授業では子供たちがだめになるという現場的な現実感に促されるようにして、戦後、子供主体の授業としてなされたとも教わった(ただしその授業は子供に任せきりであったために知識人から「教員がいる意味がない」と指摘され「這い回る経験主義」と揶揄されて失敗に終わっている)。

厳密にわけることは困難だろうが傾向として、現代では〈勉強〉は例えば東北の県々でそれなりに行われている。〈学び〉は例えば北陸の県々でそれなりに行われている。小学校では〈学び〉が、中学では〈勉強〉がそれなりに行われている。校種とわず授業では班学習は〈学び〉に近くー大学でのゼミの授業に相当ー、一斉授業は〈勉強〉に近いものとして行われている。保育所・幼稚園・小学校の低学年では、〈勉強〉と〈学び〉の定義の共通点、つまり「児童・生徒・学生が、教育内容に身を通して」ということが専ら行われている。例えば教材や教具に子供たちが十分にまみれることが教育活動として目指される。

こうした見取り図的なものは、校種間の接続がうまくいかない時の、手がかりになるかもしれない。