語る

以下、鷲田清一『死なないでいる理由』「教育の臨界点」から。

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授業中に平気で後ろを向いておしゃべりしている子、大声でアニメの主題歌を歌う子、教室をぶらぶら歩きまわる子、机の上を走りまわる子、ぶらり外へ出ていく子。紙飛行機が飛びかい、悪口のメモがまわり、床には文房具が錯乱する、そんな光景が一方にある。他方には、生徒や親の言葉に深く傷つき、自信を失って休職や退職に追い込まれる教師たちがいる。

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ここで描かれている状況はとりたてて珍しい状況ではないと多少なりとも義務的な学校の教職に就いたことがある者であれば思うだろう、か。ではこの状況の続きはどうなるだろう。ここで描かれている状況を〈学級崩壊〉とすれば学級崩壊して「教師(担任)」が「休職や退職に追い込まれ」ても、子どもたちは学校に着続ける。新しい担任が決まるまで担任不在(仮担任)のまま学級は存続し続ける。

さて鷲田先生は『しんがりの思想』で次のような記している。

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リーダーになろうと心がけるより先に、まずは賢いフォロワーになれるように心がけておくこと。だが、いざ担がれたときは限られた期間であれ、引き受けられる準備を日頃からしておくこと。そのことを、亡くなる直前の梅棹忠夫はこんな言葉に約めて語っていたー。

「請われれば一差し舞える人物になれ」

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いったいどんな「心が」けでいたら「請われ」たとき学級崩壊したクラスの新担任を「一差し舞える人物」になれるのだろう。

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でっかい理想 謳うのもいい でもキミが泣いているのなら どんな夢もあしもとからぐらつく

B'z『SUPER LOVE SONG

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ここからは語りえんのだよ。