満足して死ぬか、死を忘れたまま死ぬか

どんなに努力しても対象の全てを知ることは不可能。ひとつはどうしても知りえない。しかしそのひとつは対象を知ろうと望み、実際に知っていくうちに、知ろうとしている対象にないものとして知ることはできる。ただし知ったことを再現することに力を注ぐと知りにくい。そうしてどうしても知りえないひとつを知ったら、そのひとつを充たすようにして作品をつくる。その作品が対象にとって何であるのかわかるような添え物もわかるようにそえて。

こうした生き方を芸術作品制作的生き方と呼べば、その生き方で生きている若い人は、芸術作品がよいのみならず例えば全国一斉学力検査で容易に高得点が取れる気がします(ただ「なんで知ったことを再現しなくちゃならんのだ」「高得点採れるけどテストつまらない」などとぼやいているかもしれないですが)。

こうした生き方で生きることがなぜ(若い)人の多くに定着しないのでしょうね。既出のキャラに成りて生きることで来世もその次もというように永遠に生きようとしているのですかね。芸術作品制作的態度で生きると満足して死ねそうです。既出のキャラに成りて生きると死を忘れたまま死にそうです。死を死ぬってなかなか難しいですよね。