フッサールの「幾何学」(仮)について6

フッサールの「幾何学」(仮)と「神像筒形土器」の文様との関係の見通しが今度こそ立ったと思うのでメモしておきます。前回までは大筋は良いようですが足りないところがあったのです。ホントよく「間違え」ますね(いつか論文か本にします。今は疲れたので簡単にしておきます。当分、関わりたくない)。

 

まず以下のフッサールの言葉を手がかりとしました。

 

「出発点は必然的に、そのつど直進的に与えられた対象だが、反省は、そこからそのつどの意識の仕方へと遡り、さらに、このうちに地平的に含まれた潜在的な意識の仕方へ、それから対象が可能的な意識の生の統一において同一のものとして意識されることができるような意識の仕方へと遡る。私たちがまだ形式的な普遍性の枠内にとどまり、およそ或る対象を内容的には拘束されず、任意に思われたもの(コギターム)として考え、それをこの普遍性のなかで手引きとみなすならば、同一の対象について可能な意識の仕方の多様性が-形式的な全体類型として-、一連のはっきり区別されたノエシスノエマ的な特殊類型へと分類される。」(フッサールデカルト省察』)

 

この考え方で最近の日本の小学五年生が算数で四角形の関係図をあれこれしました(写真はその際のルールのメモです)。

 

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そして「とてもとても簡単なガ-ディナーの記号表」みたいな物をつくりました。

 

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完成した図がこれです。下に「神像筒形土器」の文様の写真があります。くらべると、そうかもしれないと我ながら思いますね。いかがでしょう。

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